大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和32年(ヨ)4030号 決定

申請人 平田恒久

被申請人 東京観光株式会社

主文

被申請人が申請人に対し昭和三十二年四月九日なした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は被申請人の負担する。

(注、無保証)

理由

一、申請代理人は主文と同旨の裁判を求めた。

二、疎明によれば被申請人は肩書地においてハイヤータクシー業を営む会社であり、申請人は昭和三十年十月頃以降被申請人会社にタクシー運転手として雇用されていた者で、会社従業員をもつて組織する東京観光労働組合の組合員であるところ、昭和三十二年四月九日被申請人は申請人が同年四月六日午前九時頃被申請人会社事務室において専務取締役平沼栄に暴行したとの理由により就業規則第三十九条第二項に則り予告又は予告手当の提供なく懲戒解雇の意思表示をなしたことが認められる。

被申請人は同月六日正午頃解雇したと主張するけれどもこの点に関する被申請人側の疎明は採用しない。

三、そこで右懲戒解雇は申請人の正当な組合活動を理由とする不当労働行為であつて無効であるとの申請人の主張について判断する。

(一)  疎明によれば本件解雇の経緯は次のとおりと認められる。

(1)  被申請人はもと都内中野区に営業所をおき、車輛約二五台をもつて経営していたが昭和三十二年二月に車輛一〇台及び営業所の土地建物を申請外小田急交通株式会社に譲渡して現在地に移転することとなり、従業員に対してはその旨を同月二四日頃告示した。

東京観光労働組合は移転により従業員の通勤が甚しく不便となり、また車輛売却に伴い人員の整理が必至となるので、右移転ならびに売却に反対し、かつ移転する場合は損失の補償として一人当り六万円を要求して同年二月二六日より三月二日までストライキを行つた。

右争議は結局三月二日に会社組合間に「会社は組合員全員に移転料各二万円(うち一万円は移転時に、一万円は新営業所において同年三月二三日に)支給し、三月二三日退職者には更に同日一万円を支給する」旨の協定が成立して解決し翌三日に会社は現在の営業所に移転した。

(2)  右移転後、協定の完全な履行がない(一万円だけ支給された)うえに、協約締結当時に組合執行委員長ら三役が会社に買収されて組合員に不利な条件で妥結したとの疑が濃厚となつたので組合員間に不満が強まり申請人が中心となつて、組合役員の改選が要求されるに至つた。

そこで平組合員であつた申請人も加わり、執行委員らで協議した結果、同年四月六日に組合臨時大会を開くこととし、同月四日英井副委員長が会社の専務平沼栄にその旨の通知書を持参した。ところが同人より委員長もいるのに副委員長名の通知書はおかしいと言われ(当時委員長は出社していなかつたのであるが)英井はこれを渡さずに終り、結局四月六日の組合大会は開かれなかつた。

(3)  申請人は四月一日以降欠勤していたが、組合大会開催予定の四月六日九時頃出社し、事務室において平沼栄に対し大会に出席する旨告げたところ、同人から、「大会なんかないよ」といわれたので「どうして大会がないのか」と質問したのに対し「そんな馬鹿なことをいつてもしようがない」と回答されたのを、馬鹿と罵られたと誤解し憤激のあまり「馬鹿とは何だ」と叫びながら一瞬平沼栄の洋服の襟を右手で掴んだが、争つても無駄と思いすぐ外に出た。

しかし会社の配車係玉川某に右行為は行き過ぎではないかと訓されて反省し、直ちに戻つて平沼に謝罪した。

なお同日一二時頃平沼は当時の組合幹部を呼び申請人の行為について組合としても考えてほしいと反省を促がしたが、その頃申請人ないし組合役員に対して申請人を懲戒解雇にすると表明したことはない。

(4)  その後四月八日朝組合は臨時大会を開き役員を改選した結果前の三役はすべて退き、申請人は出席組合員全員の一致により組合執行委員長に選ばれた。右大会には会社の配車係玉川某、会計佐竹某が組合員に早く就業するよう促がすため居合せており、なお同日新役員名を記した書面を新書記長吉原および申請人が三、四回社長のもとに持参し、いずれもその受領を拒まれた事実があるので、右選挙の結果は同日中に会社に知れていたものと推測するに難くない。

(5)  翌九日被申請人会社は「暴力行為をなし、改悛の情がない」との理由により申請人を懲戒解雇にする旨告示した。

(二)  疎明によれば更に次の事情が認められる。

会社組合間の前記三月二日附協定に当り、組合側は執行委員長、副委員長、書記長の三役がその交渉に当つたが、その際会社は三役に金員提供を約して妥結を求め、三役は会社より各々少くとも二万円を受領していた。一方、申請人は協定の当時より、五万円ないし六万円の要求を僅か二万円で妥結したこと、三役のみの交渉であつたことから、役員に対し会社に買収されないよう特に強く抗議し、かつ他の組合員に対しても警告していた。又右の三役買収の事実も申請人が当時の書記長金井に対しその良心に訴えて反省を求めた結果、同人が組合及び申請人にあてた謝罪書を書いたことにより確認されたものである。

そして組合員の内数名が会社側に通じ右のような申請人の意図と行動など組合の動きを会社側に通報していたので、会社は申請人が組合の最も強硬分子であつて、会社側の方針に反対の最先端に立ち組合員の信望を集めて、委員長に選任されるに至つたものであることを諒知していたもの、従つて申請人の右就任を特に嫌悪したことを認めることができる。

右認定に反する疎明は採用しない。

(三)  本件解雇が右の事実のもとで、申請人の執行委員長就任の翌日なされたことと、申請人の前記暴行は非難すべきではあるけれども昂奮の余り突発的に洋服の襟をつかんだものであり直ちに謝罪して改悛の意を表明していることを併せ考えると本件解雇の決定的な理由は申請人の正当な組合活動にあるものと認定するのが相当である。従つて本件解雇は労働組合法第七条第一号に該当するもので甚しく不当であり民法第九〇条に則り無効であるといわねばならない。

四、以上のように、解雇が無効であるに拘らず、解雇されたものとして扱われることは申請人にとり著しい損害であることは明らかであり、かつ疎明によれば申請人は多くの家族を抱えて収入の道がない状態にあることが認められるから、この損害を避けるため解雇の意思表示の無効であることの確定するまでその効力を仮に停止することを求める本件仮処分申請は理由がある。

よつてこれを認容し、申請費用について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例